大学卒業後、「世界に視野を広げたい」という思いひとつで、単身メキシコへ渡りました。現地の宝石会社に入社し、メキシコオパールをはじめ、コロンビアのエメラルド、ブラジルのアクアマリン・アメジスト・トパーズなど、南米各地の宝石・半貴石の販売・営業・輸出入に約5年間従事。異国の地でゼロからビジネスを築いた経験は、今も私の仕事の根幹にあります。

1982年のメキシコ経済危機による為替管理の実施をきっかけに帰国。その後、縁あって消防設備業の世界へ踏み込み、1993年、消防設備を中心とした総合防災の会社を起業しました。

日本では1970年代まで、長野県飯田市・鳥取市・山形県酒田市など各地で大規模な市街地火災が相次ぎました。こうした被害を受け、都市の不燃化を推進するために防火地域・準防火地域の指定をはじめ、厳しい防火規定が整備されていきました。

また高度経済成長期には、熊本の大洋デパート火災(死者104名)、大阪千日ビル火災(死者118名)、栃木県川治プリンスホテル火災(死者45名)、東京ホテルニュージャパン火災(死者32名)など、建物の大規模化に設備整備が追いつかず、多くの命が失われました。

これらの痛ましい災害を教訓に、日本の消防・防火に関する法規制は大きく強化されました。防火地域の指定、耐火建築の義務化、消防設備の設置基準——現在の制度は確かに安全を高めましたが、その分、専門的な知識と経験なしには対応が難しい複雑な領域になっています。

私はその現場に、約40年にわたって携わってきました。蓄積した経験と専門知識を、皆様の安全・安心のためにお役立てできれば幸いです。

また、事業の傍ら、国際支援活動にも長年取り組んでいます。南米ペルーへの中古救急車・消防車の寄贈、貧困層向け給食施設の支援、メキシコ人留学生の受け入れ、タイの小児エイズ孤児院へのサポートなど、ビジネスの枠を超えた社会貢献を、自分なりのかたちで続けています。